SBTN 2.0とランドスケープ――自然戦略を、実際の場所へ
SBTNは、企業の自然への影響を評価し、重要な場所を特定し、科学に基づく目標を設定していくための枠組みです。
しかし、自然戦略は目標を設定しただけでは終わりません。最後には、その場所をどう保全し、再生し、管理していくのかという問いが残ります。
本記事では、SBTNとランドスケープの接点について考えます。
ユウちゃんと考えるSBTN 2.0とNature-based Solutions
「今度、水を汲みに行くんだけど、一緒に来るか?」
夏休みのある日、父親がユウにそう声をかけた。
ユウは少し意外だった。父親は天然水を扱う会社を経営している。でも、普段から自分で水を汲みに行くわけではない。水源は会社にとって大切な場所だが、経営者である父親の日常の仕事は、現場で水を汲むことではない。
だから、その誘いは少し特別だった。
「うん。行ってみたい」
その日は、中山さんも一緒だった。
ユウは以前から中山さんを知っている。去年の夏休み、ユウは自宅兼事務所の庭を自由研究の題材にした。その庭を設計したのが中山さんだった。
そのときユウは、庭にどんな植物があるのかを調べるだけではなかった。土地の履歴、植生、生きもの、雨水の動き、周辺の緑地とのつながり、そして将来その緑地をどうしていくのかまで考えた。
そこで知ったのは、自然について考えるとき、最初に「何を植えるか」を決めるわけではないということだった。
まず、その場所がどんな場所なのかを知る。そこに何があり、何が起きていて、周りとどうつながっているのかを見る。そのうえで、その場所に必要なことを考える。
その経験については、「12歳の夏休み、家の緑地をTSUNAGにしてみた」にも書いてある。
だから、水源に着いたときも、ユウは水だけを見ていなかった。
目の前には水源があり、その周りには森が広がっていた。斜面があり、土があり、その先にも土地が続いている。
「お父さん、この水って、ここから出てくるんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、この場所を守れば、この水もずっと大丈夫なの?」
父親は少し考えてから答えた。
「この場所だけ守ればいい、というほど簡単じゃないんだよ」
「どうして?」
「この水を支えているのは、ここだけじゃないから」
ユウは水源の周囲を見回した。
すると、中山さんが斜面の方を見ながら言った。
「前の庭と少し似てると思わない?」
「庭と水源が?」
「庭も、その庭だけ見ていたら分からないことがあったでしょう。土地の履歴を調べたり、雨がどこへ流れるかを考えたり、周りの緑地とのつながりを見たりした。水も同じなんだ。ここに水があることと、この水を支えている自然の仕組みは、同じ範囲じゃない」
ユウはもう一度、水源の周りを見た。
目の前にある水だけを見ていたときには、一つの場所にしか見えなかった。でも、斜面を上れば森があり、その先には別の土地があり、さらに下には川や農地、人の暮らしがある。
水は、そこで止まっていない。
そのことが、妙に気になった。
帰宅すると、ユウは自分でも調べてみることにした。
まず思い出したのは、中山さんのウェブサイトだった。
以前読んだ「SBTiとは? ― 科学に基づく気候目標と、私たちの暮らす場所」には、SBTiが企業の温室効果ガス削減について、科学に基づいた目標を設定するための枠組みであることが書かれていた。
さらに、その記事からはTNFDについての記事にもたどれた。
「TNFDとは? 私たちと自然との関係を考える」という記事だった。
そこには、企業の活動が自然への依存や影響とどうつながっているのか、そして自然を企業活動の「外側」にあるものとしてではなく、事業との関係の中で捉えるという考え方が整理されていた。
ユウは思った。
気候について考えるSBTiがある。
自然について考えるTNFDがある。
では、その先にある「SBTN」って何なんだろう。
そう思って、さらに調べていった。
SBTNは「自然版SBT」なのか
SBTNは、Science Based Targets Network(科学に基づく自然に関する目標設定ネットワーク)の略称だ。
企業が自然への影響を把握し、重要な活動や場所を優先し、科学に基づく目標を設定し、行動し、その進捗を追跡するための枠組みである。企業向けのプロセスは、Assess、Prioritize、Set Targets、Act、Trackという5つのステップで整理されている。その5つのステップは、SBTN Corporate Manualで整理されている。
TNFDとSBTNは同じ制度ではない。
TNFDは企業と自然との依存・影響・リスク・機会を把握し、経営判断や開示につなげる。
SBTNは、そこからさらに自然への影響を減らすための科学に基づく目標設定と行動に踏み込んでいく。
両者は別の役割を持ちながら、企業の自然戦略の中ではつながっている。
そして2026年、SBTNは2.0への更新を進めている。
2026年9月現在、SBTN公式サイトでは2.0の企業向け方法・ガイダンスの更新が進められており、Step 1・2の評価と優先順位づけ、淡水、土地、Actなどで具体的な方向性が示されている。新しいガイダンスの公開は2026年後半が予定されているが、企業は現在の方法論を使って取り組みを始めながら、2.0への移行を見据えることができる。詳細はSBTN 2.0で示されている。
ユウは最初、「SBTの自然版なのかな」と思った。
でも、読み進めるうちに、それだけではないことが分かってきた。
会社の経済活動と、自然への圧力と、それが起きている場所をつなげていくこと。
そこに、この仕組みの大きな特徴がある。
最初に見るのは「森」ではなく「会社」
最初のステップはAssess。
ここで企業がいきなり森へ行って木の本数を数えるわけではない。
まず、自分たちの経済活動を整理し、その活動が自然に対してどのような圧力を生む可能性があるのかを見る。
現行SBTNのMateriality Screeningでは、直接事業と上流バリューチェーンを対象に、土地利用・土地利用変化、淡水生態系の利用・変化、海洋生態系の利用・変化、水利用、その他の資源利用、温室効果ガス排出、淡水汚染、土壌汚染という8つの圧力カテゴリーをスクリーニングする。詳細はSBTN Materiality Screeningで示されている。
まず会社全体を広く見て、重要な活動や圧力が見えてきたら、Value Chain Assessmentで、その活動がどこで起きているのか、どの程度の圧力なのか、その場所の自然の状態はどうなのかを、より詳しく見ていく。詳細はSBTN Assessで示されている。
ユウは、自分の父親の会社を思い出した。
「天然水の会社なら、水源が一番大事なんじゃないの?」
翌日、父親に聞いてみた。
「お父さんの会社って、自然との関係は水源だけ?」
父親は笑った。
「それだけだったら、もっと簡単だったんだけどね」
「じゃあ、他に何があるの?」
父親は机の上に天然水のボトルを置いた。
「一本のボトルを、逆向きにたどってみたら分かるよ」
一本のボトルを、逆向きにたどる
水源がある。そこから取水し、工場へ運び、製造・充填する。
でも、そこで終わらない。
ボトルにはPET樹脂が必要で、キャップ、ラベル、段ボールなどの包装資材も必要になる。工場では電力や燃料が使われる。製品ができれば倉庫へ運ばれ、さらに販売先へ配送される。
さらに遡れば、PETの原料や包装資材の原材料、その生産場所までつながっていく。
「じゃあ、PETボトルにも自然との関係がある?」
「ある可能性がある」
「段ボールも?」
「もちろん」
「その原料は?」
「そこまで行くと、さらにいろいろ出てくる」
ユウはノートに書き始めた。
水源、工場、包装、原材料、サプライヤー、生産地。
一本のボトルから、会社の地図が広がっていく。
現行SBTNの評価は、直接事業と上流バリューチェーンを中心に組み立てられている。
だから自然との関係を見るときには、自社の敷地だけではなく、「何を買っているのか」「それはどこでつくられているのか」まで遡ることになる。
ユウはそこで、去年の庭を思い出した。
庭も、一つの敷地だけを見ていたら分からないことがあった。
雨は敷地の境界で止まらない。
生きものも止まらない。
土地の履歴も、その敷地だけで完結しない。
自然には、企業が決めた境界線のようなものはない。
「どれだけ」より、「どこで」が重要になる
さらに調べているうちに、ユウは「場所」という言葉が何度も出てくることに気づいた。
例えば、会社が年間100万立方メートルの水を使っているとする。
その数字だけでは、それが自然にとってどれほど大きな意味を持つのか分からない。
水が豊富な場所なのか。
それとも、水をめぐって多くの利用者が競合している場所なのか。
同じ100万立方メートルでも、意味は違う。
「だから、自然については数字だけじゃなくて、場所を見るのか」
ユウは納得した。
SBTNがplace-based approachを重視するのは、このためだ。
企業の活動による圧力はどこで起きているのか。
その場所の自然の状態はどうなのか。
その圧力は、その地域にとってどの程度重要なのか。
自然は、場所によって意味が違う。
特に水は分かりやすい。
同じ量の取水でも、流域の水循環や他の水利用者の状況によって、その意味は変わる。
そしてFreshwater Version 2では、従来の表流水利用や栄養塩汚染に加え、地下水や農薬などの毒性化学物質による影響を扱う方向が示されている。
水源で見た地下水が、急に「会社の自然戦略」の話としてつながってきた。
Assessしたら、全部を一度に解決するわけではない
会社の活動を調べれば調べるほど、課題は増えていく。
水源、工場、包装資材、原材料、サプライヤー。
それぞれに土地や水や資源との関係がある。
「これ、全部やるの?」
ユウが父親に聞くと、父親は首を振った。
「全部を同じように扱う必要はないんじゃないかな」
そこで出てくるのがPrioritizeだ。
Step 2では、Assessで把握した活動や圧力の中から、どこを優先して取り組むのかを絞り込んでいく。
自然にとっての重要性だけではない。
企業にとっての依存関係、戦略的な重要性、ステークホルダーの関心なども含め、どこから始めるのが意味があるのかを考える。詳細はSBTN Prioritizeで示されている。
ここで、Target Boundaryという考え方も出てくる。
つまり、
どの活動を、どの場所について、どの自然への圧力を対象に、目標設定するのか。
そこまで具体化していく。
「自然に配慮します」ではない。
「この事業について、この場所で、この圧力を対象にする」
というところまで絞り込む。
サプライヤーの場所が全部分からなくても、始められる
父親は、そこで別の問題に気づいた。
「でも、全部のサプライヤーの生産地まで分かるかな」
「全部分からないとSBTNはできないの?」
ユウが聞く。
SBTN 2.0が実務的だと感じられる理由の一つは、こうした企業ごとの違いを前提にしていることだ。
Tier 1までしか分からない会社もあれば、生産地まで分かる会社もある。
自社の水使用量を詳細に把握している会社もあれば、請求データや推計値から始めなければならない会社もある。
だから、「すべて分かってから始める」という考え方ではない。
どこまで分かっているのか。
どこから分からないのか。
その不足が、どの判断に影響するのか。
どこから情報を深くしていくべきなのか。
SBTN 2.0では、こうしたトレーサビリティの違いを踏まえ、Supplier EngagementやTraceability Improvementを通じて情報の精度を高めていく方向が示されている。
これは企業のサステナビリティ担当者にとって重要な考え方だ。
「データがないからできない」のではなく、「データがどこまであり、どこが不足しているのか」を知ること自体が、自然戦略のスタートになる。
Set Targets――ここで「何を変えるのか」が決まる
Assessして、Prioritizeして、重要な活動や場所が見えてきた。
ここでようやく、Set Targetsに進む。
水について考えるなら、「去年より10%減らします」という目標だけでは十分とは限らない。
その10%が、その流域にとって本当に意味のある水準なのかは別の問題だからだ。
自然の目標は、企業側の数字だけで決めるのではなく、その場所の自然の状態や環境条件と結びつけて考える。
土地についても、その考え方は広がっている。
Land Version 2では、従来のLand Footprint Reductionをより広いWorking Land Regeneration and Restorationへ発展させ、Land AreaだけでなくLand Qualityを扱う方向が示されている。
土地をどれだけ使うかだけではなく、実際に利用しているWorking Landをどのように管理し、どう質を改善・再生していくのかまで考える方向だ。
AGILEによって、直接事業とバリューチェーンにまたがる土地関連の影響をより具体的に把握する方向も示されている。
「土地って、面積だけじゃないんだね」
ユウが言った。
中山さんが少し笑った。
「庭でも同じだったでしょう」
それだけだった。
ユウには、その意味が分かった。
同じ100平方メートルでも、コンクリートに覆われた土地と、樹木や草本が育ち、雨が浸透し、生きものが暮らしている土地では、その場所の意味が違う。
生物多様性も、「何種類増やすか」ではない
「じゃあ、生物多様性は?」
ユウが聞いた。
ここも単純ではない。
SBTNでは、生物多様性を一つの数字にして、「生物多様性を30%改善します」とだけ決めるわけではない。
土地、淡水、海洋などの領域で、生物多様性の損失を引き起こしている圧力を考える。
土地利用の変化なのか。
水の利用なのか。
汚染なのか。
生態系の改変なのか。
重要なのは、まず原因を見ることだ。
「生きものが少ないから木を植えよう」
ではなく、
「なぜ生きものが少ないのか」
から考える。
ユウはまた庭のことを思い出した。
庭でも、最初に植える植物を決めたわけではなかった。
その場所について調べた。
何があるのかを見た。
雨がどう動くのかを考えた。
周囲とのつながりを見た。
「自然を良くするって、木を増やすことから始まるわけじゃないんだ」
「そう。まず、その場所で何が起きているのかを見る」
中山さんはそう答えた。
Act――ここから、自然戦略が現場に入っていく
目標ができれば、次はAct。
SBTNではAR3TというAction Frameworkを使い、Avoid、Reduce、Regenerate、Restore、Transformという考え方で行動を整理する。
そもそも避けられる影響はないか。
避けられないものを減らせないか。
利用している土地や自然を再生できないか。
劣化した場所を回復できないか。
必要なら、事業の仕組みそのものを変えられないか。
2026年の更新では、このStep 4についても、具体的なアクションプランをつくりやすくするためのガイダンスや対応策データベース、複数のターゲットに効果を持つ行動を整理する仕組みなどが強化される方向だ。
だから、「SBTNの目標をつくった。じゃあ森に木を植えよう」とはならない。
工場の水利用が問題なら、まず工場の水利用を変える。
流域の取水圧力が問題なら、取水のあり方を変える。
自然生態系の転換が問題なら、新たな転換を避ける。
劣化した森林や水辺の回復が必要なら、その場所に何が必要なのかを考える。
そして、ここで初めて、ユウが去年の庭で知った「場所を読む」という仕事が、本格的に意味を持ってくる。
だから、Nature-based Solutionsが面白くなる
「森林を守ったり、水辺を再生したりするのはNbS?」
ユウが聞いた。
「場合によるね」
中山さんは答えた。
Nature-based Solutions、NbSは、自然または改変された生態系を保護、保全、回復、持続的に利用・管理することで、社会・経済・環境上の課題に対応しながら、人のウェルビーイング、生態系サービス、レジリエンス、生物多様性にも利益をもたらす考え方だ。UNEA 5.2でも定義されている。定義については、UNEPのNature-based Solutionsの概要を参照した。
中山さん自身も、「Nature-based Solutions(NbS)とは? ― 自然の力を活かす、これからのランドスケープ ―」で、NbSとTNFD、SITES、ランドスケープとの関係について整理している。
例えば、水源流域で水循環の改善が課題なら、既存の自然を保全すること、劣化した森林を再生すること、水辺や湿地を回復すること、土壌の健全性を高めること、雨水の浸透を改善することなどが、その場所の課題に対応するNbSになり得る。
でも、「植樹したからNbS」ではない。
その場所で何が課題なのか。
その課題に対して自然のどんな機能を活かすのか。
その結果、水、生物多様性、土壌、レジリエンス、人の暮らしにどんな利益が生まれるのか。
そこまで考える必要がある。
だから、SBTNとNbSは同じものではない。
SBTNは、企業の自然への関係を評価し、重要な場所を特定し、科学に基づく目標を設定し、その目標を行動につなげる枠組み。
NbSは、その行動として選択され得る一つの方法だ。
一企業の敷地だけでは、水は守れない
ユウは水源の地図を見ながら聞いた。
「でも、この森って、お父さんの会社の土地じゃないよね」
「全部が会社の土地ではないよ」
森林を所有する人がいる。
農地を使う人がいる。
地域で暮らしている人がいる。
ほかの水利用者もいる。
「じゃあ、会社だけでは守れないじゃん」
「そうだね。だから、地域で考える」
ここでLandscape Engagementという考え方が重要になる。
優先されたランドスケープでは、企業だけでなく、地域のパートナーや複数のステークホルダーと協働し、自然や土地の状態を改善していく。
流域の水問題は、企業の敷地の中だけでは解決できない。
水を使う会社がいて、森林を管理する人がいて、農地を使う人がいて、自治体がいて、地域の暮らしがある。
だから「企業の土地」という境界だけではなく、「共有されているランドスケープ」として場所を見る必要がある。
サントリーの事例を見ると、もっと分かりやすい
「本当にそんなことをしている会社があるの?」
ユウが聞くと、中山さんはSBTNのケーススタディを開いた。
サントリーだった。
サントリーのSBTNパイロットでは、直接事業の100%と、高影響コモディティの上流活動100%を対象にMateriality Assessmentを実施している。これは調達する原材料全体の68%に相当する。
直接事業の水利用については主に一次データを使い、水質について一次データを取得できない施設では二次データを利用して推計した。上流についても、調達量とデータベースを用いて自然への圧力を推計している。
そしてStep 2の優先順位づけによって、直接事業、上流、Landscape Engagementの対象となる場所が絞り込まれた。
その中で熊本は、水量・水質に関するターゲットの対象地域として特定された。主要な生産拠点があり、水使用量が大きく、流域内で他の利用者からの需要も大きかったためだ。
さらに重要なのは、その場所にすでに地域の知識と調査の蓄積があったことだった。
サントリーはSBTNのパイロット以前から、地元大学や行政機関と地下水流動のシミュレーションモデルを構築していた。その既存の地域活動が、SBTNによる評価やターゲット設定とつながった。
上流では、日本の緑茶やブラジルのコーヒーなども対象になっている。
ユウは思った。
SBTNは、単に「会社の中だけで分析する仕組み」ではない。
会社の活動を調べ、重要な場所を見つけ、その場所を知っている人や地域の知識とつながる。
そこまで含めて、自然戦略になる。
「じゃあ、中山さんは何をするの?」
しばらくして、ユウは中山さんに聞いた。
「SBTNで重要な場所が分かったとして、中山さんは何をするの?」
中山さんは水源周辺の地図を広げた。
「例えば、この流域が重要だと分かったとする」
「うん」
「でも、地図に丸をつけただけでは、その場所は変わらないでしょう」
「じゃあ、どうするの?」
中山さんは地図を指した。
「その場所を見る」
そこには、SBTNのデータだけでは見えない情報がある。
地形を見れば、水がどこから来てどこへ流れるのかを考えられる。
土壌を見れば、土地の状態や水の浸透を考える手がかりが得られる。
森林や植生を見れば、どんな自然が残っていて、どこに変化が起きているのかが見えてくる。
河川や水辺を見る。
農地や道路や住宅との関係を見る。
過去の土地利用を見る。
誰がその土地を使い、誰が管理しているのかを見る。
ユウは、以前の庭を思い出した。
「庭のときと同じ?」
「基本は同じだよ。規模は全然違うけどね」
そこでユウは、ようやく中山さんが最初から何をしていたのか分かった気がした。
中山さんは、SBTNを説明する人ではない。
企業がSBTNによって「ここが重要だ」と分かったあと、その情報を実際の場所に持っていく人なのだ。
地図上で重要とされた場所に、本当に何があるのかを見る。
企業の活動と、その土地で起きている自然の変化がどうつながっているのかを見る。
そして、その場所で何を守り、何を変え、どんな状態を目指すのかを考える。
そこで必要になるのが、ランドスケープの専門性だ。
自然戦略を「場所」に翻訳する
自然戦略を実際の土地へ落とし込むとき、必要なのは単なる植栽計画ではない。
地形、土壌、水、植生、生物多様性、土地利用、周辺環境、人の利用、地域との関係。
そして、それらが時間の中でどう変化していくのか。
そのうえで、保全するのか、再生するのか、管理を変えるのか、水辺を改善するのか、土壌を改善するのか、植生を組み直すのか、NbSを取り入れるのかを考える。
さらに、設計して終わりでもない。
実際に施工できるのか。
維持管理できるのか。
地域と継続的に関われるのか。
数年後にどんな状態になったかを確認できるのか。
必要なら、管理をどう変えるのか。
つまり、企業の自然戦略を「場所」に翻訳する仕事だ。
SBTNが示すのは、企業が自然との関係を考え、重要な場所を特定し、目標を設定していくための道筋。
ランドスケープが担うのは、その道筋の先にある土地を読み、具体的な空間や管理へ落としていくこと。
役割は違う。
だからこそ、つながる。
Track――最後は、もう一度その場所を見る
もちろん、行動したら終わりではない。
SBTNの最後のStep 5はTrack。
目標に向かって進んでいるのかを測り、報告し、必要に応じて見直す。
自然は、計画書を書いた日に完成しない。
植えた木は成長する。
森は変化する。
土壌も変わる。
水の流れも変わる。
人の利用も変わる。
ユウが庭で考えた「5年後」も、計画を書いて終わりではなかった。
その後の状態を見ながら、必要なことを変えていく。
企業の自然戦略も同じだ。
目標を設定した年より、その後の5年、10年の方が長い。
だから最後に問われるのは、「何をやったか」だけではない。
その場所が、本当にどう変わったのか。
ということになる。
自然戦略を始めるなら、まず「会社を地図にする」
帰り道、ユウは父親の会社を頭の中でもう一度たどっていた。
最初は水源だった。
でも、水源を見たら流域が見えた。
流域を見たら森や土壌が見えた。
会社を見たら工場が見えた。
工場を見たら包装資材が見えた。
包装資材をたどったらサプライヤーが見えた。
原材料をたどれば、また別の生産地が見えてくる。
物流もある。
そして、それぞれの場所で、自然との関係が違う。
「これって、どんな会社でも一回やってみたら面白そう」
ユウが言った。
「そうだね」
中山さんが答えた。
「最初から難しい報告書をつくる必要はないと思うよ」
「じゃあ、何をするの?」
「自分の会社を、地図にしてみる」
会社の拠点はどこにあるのか。
どこで水や土地を使っているのか。
何を調達しているのか。
それはどこから来るのか。
どこまで場所を特定できるのか。
その活動が自然にどんな圧力を与えているのか。
そして、その中でどこが重要なのか。
そこまで整理すると、SBTNのAssessとPrioritizeが、急に「自分たちの会社の話」になる。
その先にSet Targetsがある。
そしてActがある。
必要ならNbSやLandscape Engagementがある。
最後にTrackがある。
Assess → Prioritize → Set Targets → Act → Track。
単なる手順ではない。
企業の事業を、自然との関係から見直していく一つの流れだ。
SBTNは、最後には必ず「場所」に戻ってくる
ユウが最初に見たのは、一つの水源だった。
でも、水源を見たら森が見えた。
森を見たら土壌が見えた。
土壌を見たら地下水が見えた。
地下水を見たら流域が見えた。
流域を見たら、農地や地域の暮らしが見えた。
そして、その水を扱う父親の会社が見えてきた。
会社を見ると、工場がある。
資材がある。
サプライヤーがある。
原材料の生産地がある。
物流がある。
自然との関係は、会社の「外側」にあるものではなかった。
会社そのものが、どこかの自然の上に成り立っていた。
SBTN 2.0の更新も、この企業と自然との関係を、より実務的に、より取り組みやすく、そして場所に根ざした形で企業の意思決定につなげていく方向にある。
だから、自然戦略は「自然保全プロジェクト」のことだけではない。
自分たちの事業を知る。
自然への圧力を知る。
その圧力が起きている場所を知る。
重要な場所を見つける。
科学に基づいて目標を設定する。
行動する。
そして、その場所をもう一度見る。
その繰り返しだ。
では、あなたの会社ではどうだろう
天然水を扱う会社なら、水源と流域から始めてみればいい。
食品会社なら、原材料の生産地から始めてもいい。
製造業なら、工場だけでなく、原材料や資源の調達先まで遡ってみる。
不動産会社なら、所有地や開発地だけでなく、土地利用、建設資材、水、緑地、周辺の生態系まで見てみる。
すでに水源涵養、森林保全、生物多様性、企業緑地、地域の自然再生などに取り組んでいる企業なら、その活動をSBTNの視点から整理し直してみてもいい。
大切なのは、最初から完璧なターゲットをつくることではない。
まず、自分たちの会社と自然の関係を知る。
そして、それを地図にする。
地図ができれば、「どこが分からないのか」も見えてくる。
「どこが重要なのか」も見えてくる。
そして、重要な場所が見えれば、次の問いが生まれる。
「では、その場所をどうするのか」
ここから、自然戦略はレポートの中を出て、実際の土地へ入っていく。
地図の上で重要とされた場所が、現地ではどんな土地なのか。
何を残すべきなのか。
何を変えるべきなのか。
自然の機能をどう活かせるのか。
地域とどう関わるのか。
そして、将来どんな状態を目指すのか。
そこを読み解き、具体的な計画へ落とし込む。
自然戦略を、実際の場所へ
中山諒二造園設計では、SBTNそのもののターゲット設定やValidationを行うという意味ではなく、企業が自然との関係を整理し、重要な場所を特定したその先で、その場所をどう読み、どう保全し、どう再生し、どう設計し、どう管理していくのかをランドスケープの視点から考えています。
企業の自然戦略を、実際の土地へ落とし込む。
それは、単に「緑を増やす」ことではない。
その場所にある自然の状態を理解し、企業の活動との関係を整理し、必要な保全や再生、管理、設計、NbSなどを考え、実際の運用につなげていくことです。
TNFDが、企業と自然との関係を把握するために「どこにあるのか」を見る。
SBTNが、そこから「どこで、何を変えるのか」という目標へ進む。
NbSが、その場所にある自然の機能を活かした解決策を考える。
そしてランドスケープが、その土地を実際にどうしていくのかを考える。
同じ制度ではありません。
でも、つながっています。
ユウが最初に水源で感じた疑問は、とても小さなものだった。
「この水って、どこから来るんだろう」
その問いを追いかけたら、森が見えた。
土が見えた。
地下水が見えた。
流域が見えた。
地域が見えた。
会社が見えた。
サプライチェーンが見えた。
そして最後に残ったのは、一つの問いだった。
「この場所を、これからどうするのか」
それは、天然水会社だけの問いではない。
自分の会社は、どの自然に支えられているのか。
どの場所に影響を与えているのか。
どこが本当に重要なのか。
そして、その場所を、これからどうしていくのか。
そこまで考えたとき、SBTNは単なる新しいサステナビリティ用語ではなくなる。
自分の会社の事業を、自然との関係から見直し、実際の場所で行動につなげるための方法になる。
そして、その先には必ず土地がある。
森がある。
水がある。
土がある。
人がいる。
ランドスケープがある。
自然戦略は、レポートの中だけでは完結しない。
最後には、実際の場所へ戻ってくる。
自然戦略を、実際の場所へ。
そこから、本当の仕事が始まるのかもしれない。
参考・出典
Science Based Targets Network(SBTN)
Science-based targets for nature 2.0
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/companies/take-action/sbts-for-nature-2-0/
Materiality Screening
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/companies/take-action/assess/materiality-screening/
Assess
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/companies/take-action/assess/
Prioritize
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/companies/take-action/prioritize/
Corporate Manual
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/companies/take-action/corporate-manual/
SBTN Pilot: Suntory
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/case-studies/sbtn-pilot-suntory/
TNFD
Guidance for corporates on science-based targets for nature
https://tnfd.global/publication/additional-draft-guidance-for-corporates-on-science-based-targets-for-nature/
UNEP
Overview of Nature-based Solutions
https://www.unep.org/topics/nature-action/nature-based-solutions/overview-nature-based-solutions
中山諒二造園設計
SBTiとは? ― 科学に基づく気候目標と、私たちの暮らす場所
https://ryojigarden.com/sbti/
TNFDとは? 私たちと自然との関係を考える
https://ryojigarden.com/tnfd/
TNFDとSITESから考える「自然と共生する場所」
https://ryojigarden.com/tnfd-sites-landscape/
自然には、敷地境界がない ― TNFDから考える、サプライチェーンと「場所」のつながり
https://ryojigarden.com/tnfd-supply-chain-place/
Nature-based Solutions(NbS)とは? ― 自然の力を活かす、これからのランドスケープ ―
https://ryojigarden.com/nature-based-solutions-nbs/
12歳の夏休み、家の緑地をTSUNAGにしてみた
https://ryojigarden.com/tsunag-green-space/


