自然には、敷地境界がない ― TNFDから考える、サプライチェーンと「場所」のつながり ―

自然の中を歩いていると、敷地境界というものがほとんど意味を持たないことに気づきます。

山に降った雨は、斜面を流れ、沢へ集まり、川へつながっていく。

植物は、光や水、土の状態によって生える場所を変え、種子は風や動物によって運ばれていきます。動物もまた、餌や水を求めて移動します。

森と草地、尾根と谷、沢と森林。

私たちが別々の環境として見ているものも、自然の中では互いに関係しながら成り立っています。

自然には、もともと敷地境界がありません。

一方で、私たちがつくる環境には境界があります。

住宅の敷地、公園、建物、企業の施設、開発プロジェクト。

設計するときには、まず「この敷地」を一つの場所として捉えます。

けれども、その場所をつくるために使われる材料は、そこから生まれたものとは限りません。

石は別の土地から運ばれてくる。

木は森林で育ち、製材される。

土も、どこかの土地から移動してくる。

建物であれば、さらに多くの材料が、さまざまな場所を経て、そこに集まってきます。

そう考えると、目の前にある庭や建物は、その敷地だけで完結しているわけではありません。

一つの場所の背後には、別の場所があります。

そして、その先にもまた別の場所があります。

このことを企業と自然との関係から考え直すと、TNFDの「場所」という考え方が、少し違って見えてきます。


「どこにあるのか」から考える

TNFDは、企業活動と自然との関係を捉え、自然への依存や影響、そこから生じるリスクや機会を考えるための枠組みです。

以前の記事では、TNFDの基本的な考え方について整理しました。

TNFDとは? 私たちと自然との関係を考える

また前回は、TNFDで把握した自然関連課題を、実際のプロジェクトにおける計画・設計・施工・維持管理へどうつなげていくのか、SITESとの関係から考えました。

TNFDとSITESから考える「場所」と自然との関係 ― 自然関連課題を、実際のランドスケープへ ―

今回は、そこからさらに一歩進めてみたいと思います。

自然との関係を考えるとき、最初に必要になるのは、

「それは、どこにあるのか」

という問いです。

企業の施設はどこにあるのか。

その事業は、どの地域の水や土地に依存しているのか。

原材料はどこから来ているのか。

その原材料が生産・採取される場所には、どのような自然があるのか。

TNFDのLEAPアプローチでも、企業活動と自然との接点を「場所」から捉えていきます。

ここで重要なのは、企業の敷地だけを見るわけではないということです。

企業の活動は、原材料の調達、生産、加工、輸送、製品の利用などを通じて、さまざまな地域とつながっています。

つまり、

「自分たちの会社はどこにあるのか」

だけではなく、

「自分たちの事業は、どのような場所と関係しているのか」

を見る必要があります。


敷地の外側にある自然

例えば、一つの建物を考えてみます。

建物そのものは、一つの敷地に建っています。

しかし、その建物を構成している材料までたどっていけば、その背景には森林、鉱山、採石場、工場など、さまざまな土地があります。

その土地には、それぞれ水があり、土壌があり、生態系があります。

そこで人間の活動が行われています。

つまり、建物と自然との関係は、建物が建っている敷地の中だけでは捉えきれません。

これは庭でも同じです。

庭に置かれた石には、その石が採取された場所があります。

植えられた樹木には、それが育ってきた場所があります。

土には、その土が存在していた土地があります。

材料をたどると、目の前の庭から、別の土地へ視線が移っていきます。

サプライチェーンを自然の視点から見るということは、こうした**「モノの向こう側にある土地を見ること」**でもあるのだと思います。


サプライチェーンは、土地と土地をつないでいる

サプライチェーンという言葉からは、企業間の取引や物流を思い浮かべることが多いと思います。

けれども、自然との関係から見ると、それは単なるモノの流れではありません。

自然との関係が生じている土地と土地のつながりでもあります。

ある原材料を使っている。

その原材料は、どこかで採取・生産されている。

そこには、その土地固有の水、土壌、生態系があります。

そこから加工や輸送が行われ、最終的に企業の活動へ入ってくる。

この流れをたどることで、

「何を買っているのか」

だけではなく、

「どのような土地との関係の上に、その材料を使っているのか」

という問いが生まれます。

TNFDが上流・下流のバリューチェーンまで視野に入れて自然関連の依存、影響、リスク、機会を捉えようとしているのも、企業活動と自然との関係が、自社の敷地の外側まで広がっているからです。


材料を見ると、その土地が見えてくる

造園の仕事をしていると、材料を単なる「製品」として見ることに違和感を覚えることがあります。

石は、石材店に並ぶ前に山にあります。

木は、製材される前に森林にあります。

土も、袋詰めされる前には、どこかの土地にあります。

だから材料を見るとき、

「これは何なのか」

だけではなく、

「これはどこから来たのか」

と考えることがあります。

さらにその先には、

「その土地では、どのような自然との関係の中で、この材料が生まれたのか」

という問いがあります。

もちろん、庭をつくるたびに材料の産地から自然環境まで詳細に調べているわけではありません。

ただ、材料の向こう側に土地があることを意識すると、目の前の選択も変わってきます。


一つの庭から、別の土地を見る

実際の作庭でも、そうしたことを考える場面があります。

例えば、敷地から出てきた石を、すべて搬出して新しい石を持ち込むのではなく、その場所に残っている石を土留めや景石として再利用する。

世田谷の雑木の庭では、建物の改修に伴って庭が大きく変わる中、もともと敷地にあった石を新しい庭の中で使いました。

雑木の庭作り ~基礎編~

これは単純に「廃棄物を減らす」というだけではありません。

その土地にすでにあるものを、もう一度その土地の中で使う。

その土地がもともと持っていたものを、新しい風景の中へ引き継ぐ。

大谷石の施工では、植栽への影響を考え、基礎に再生砕石RC-40ではなくC-40を使用しました。

再生材だから良い、天然材だから良い、と材料を一括りにするのではなく、植物を植える場所として、その材料が適しているかを考えて選んでいます。

雑木の庭作り ~大谷石施工編~

飛び石についても、図面上で位置を決めて終わりではありません。

実際に歩いてみて、どこに置けば自然に歩けるのか。

石の向きや間隔をどうすれば、つくり込みすぎない「野趣のある自然な空間」になるのか。

現場で確かめながら調整します。

雑木の庭作り ~飛び石施工編~

植栽も同じです。

植えた瞬間が完成ではありません。

樹木や下草が成長し、光の入り方が変わり、土が変わり、苔が広がる。

5年、10年と時間が経つ中で、庭は少しずつ姿を変えていきます。

雑木の庭作り ~植栽編~

こうした判断をしていると、庭をつくるということは、植物や石を配置することだけではないと感じます。

その場所に何があり、何が起きていて、これからどう変わっていくのかを読むこと。

その上で、何を残し、何を変えるのかを決めることです。


地図だけでは、場所は分からない

ここで、山を歩くときのことを思い出します。

私は幼い頃から山を歩いてきました。

山では、地図を見るだけでは分からないことがたくさんあります。

同じ斜面でも、少し窪んだ場所には水が集まり、植物の種類が変わる。

倒木の周囲では土の状態が変わり、小さな生きものの環境が生まれる。

尾根と谷では光や風が違い、その違いが植生にも現れる。

一つひとつの現象を見ていくと、それらが独立しているのではなく、互いに関係していることが分かります。

私は山を歩くときも、造園の現場に立つときも、地図だけを見ているわけではありません。

地形を見る。

水がどこから来て、どこへ流れるのかを見る。

植物を見て、なぜそこに生えているのかを考える。

土や石を見て、その場所がどのような環境によってつくられてきたのかを考える。

場所を見るということは、そこにある自然の関係を読むことでもあります。

TNFDで自然との関係を考えるときも、最終的には同じなのではないでしょうか。

データから場所を特定する。

その場所にどのような自然があるのかを知る。

そして、そこで人間の活動と自然がどのように関係しているのかを見る。

自然関連課題を考えることは、単に地図上に「自然」をプロットすることではありません。

その場所で、何が起きているのかを理解すること。

そこまで見て初めて、その場所に対して何をすべきなのかが見えてくるのだと思います。


「知ること」から「変えること」へ

自然との関係を把握したからといって、すべてを変えられるわけではありません。

サプライチェーンの先にある森林や鉱山を、企業が直接管理できるとは限らない。

だからこそ、

「知ること」と「変えること」は分けて考える必要があります。

まず、どこに自然との関係があるのかを知る。

その中から、依存や影響が大きい場所を見つける。

そして、自分たちが関与できるところで、何を変えられるのかを考える。

調達先を見直す。

サプライヤーとの対話を進める。

材料の選択を変える。

あるいは、自分たちが直接関わる敷地であれば、土地利用、土壌、水、植栽、材料、維持管理そのものを変える。

自然との関係を把握するだけで終わらせず、サプライチェーンの先にある場所と、自分たちが直接関われる場所の両方で、何を変えられるのかを考える。

知ることは、変えるための出発点です。


TNFDの先に、実際の場所がある

ここで、SITESの考え方がつながってきます。

TNFDとSITESは同じものではありません。

TNFDは、企業活動と自然との関係を捉えるための枠組みです。

一方、SITESは、実際のランドスケープについて、敷地の文脈、土壌、水、植生、材料、施工、維持管理などを具体的に考えていくための仕組みです。

だから、TNFDで把握した自然関連課題を、実際のプロジェクトにおける計画・設計・施工・維持管理などの具体的な取り組みにどうつなげていくかを考える際に、SITESの考え方を活用することができます。

例えば、ある事業活動について、水との関係が重要だと分かったとします。

そこで終わらず、その場所では雨水をどう扱うのか。

土壌をどうするのか。

植栽をどうするのか。

維持管理をどうするのか。

周辺の水環境とどう関係しているのか。

そうやって、企業と自然との関係を、実際の土地の中へ落としていく。

既存のランドスケープであれば、すでにある環境や管理の状態を見直し、改善していくこともできます。

SITES Existing

TNFDで「場所」が見えてきたとき、その先には、実際にその場所をどうするのかという問いがあります。


自然の仕組みを読む

この考え方は、Nature-based Solutions(NbS)にもつながります。

NbSは、自然の力を活かしながら社会課題に対応し、同時に自然環境の改善を目指す考え方です。

ただ、単に「自然を使う」ことがNbSなのではありません。

その場所の地形、水、土壌、植生、周辺環境を読み、自然のプロセスを活かしながら、人間の課題と自然環境の両方に働きかけていく。

Nature-based Solutions(NbS)とは? ― 自然の力を活かす、これからのランドスケープ ―

ここでも大切なのは、個々の要素だけを見るのではなく、それらがどう関係しているのかを見ることです。

自然を再現するのではなく、

自然がどのようにその場所をつくっているのかを読む。

そこから、人がつくる環境を考える。

これは、山を歩くことと庭をつくることの間にもある感覚です。


自然関連課題を、土地まで持っていく

ここまで考えてくると、私がTNFDやSITES、NbSに関心を持っている理由も、少しはっきりしてきます。

私はこれまで、企業の環境・サステナビリティに関する仕事を通じて、さまざまな認証や評価、自然関連課題について考えてきました。

一方で、造園の現場では、実際の土地を見て、土を触り、植物を選び、石を置き、水の流れを考え、施工し、その後の変化を見てきました。

一見すると、企業の自然関連課題を考える仕事と、庭をつくる仕事は離れているように見えるかもしれません。

けれども、私自身の中では、そこに大きな断絶はありません。

どちらも、

「その場所で、自然と人間がどのような関係にあるのか」

を考える仕事だからです。

企業活動を地図上に置く。

サプライチェーンをたどる。

自然との依存や影響が生じている場所を特定する。

そこで、どのような自然があるのかを見る。

必要であれば現地を見る。

そして、その結果を、土地利用、設計、植栽、土壌、水、材料、維持管理など、実際に変えられるものへつなげていく。

自然関連課題を、報告書の中だけで終わらせず、実際の土地まで持っていく。

その間をつなぐことが、私自身のこれまでの経験を活かせる領域なのだと思います。

地図やデータから広い範囲を見る。

そこから重要な場所を絞り込む。

現地で土や水や植生を見る。

そして、その土地に対して何を残し、何を変えるのかを考える。

調査から設計へ、設計から施工へ、そして維持管理へ。

自然との関係を、実際の場所でどう変えていくのか。

そこまで一続きで考えられることが、私自身の強みなのだと思います。


場所の向こう側を見る

私たちは、どうしても自分たちの敷地を起点に考えます。

企業なら自社の施設。

街なら行政区域。

庭なら、その庭の境界。

けれども自然は、その線に従って動いてはいません。

水は境界を越える。

生きものも移動する。

植物の種子も風に運ばれる。

そして、私たちが使う材料も、別の土地からやってきます。

だから、目の前の敷地だけを見ていても、その場所と自然との関係のすべては見えてきません。

場所の向こう側を見る。

そこに何があり、どこからつながっていて、その関係の中で自分たちは何をしているのかを見る。

それは、サプライチェーンを見ることでもあり、山を見ることでもあり、庭を見ることでもあります。

一つの石から、その石が生まれた土地を見る。

一つの材料から、その背景にある自然を見る。

一つの敷地から、その外側へ視線を広げる。

そして、もう一度、目の前の土地を見る。

そうすると、庭も、建物も、公園も、企業の施設も、単独のものではなく、たくさんの土地と自然との関係の中にあるものとして見えてきます。

TNFDで自然との関係を捉えることも、サプライチェーンを見直すことも、SITESの考え方を使ってランドスケープを改善することも、NbSとして自然の仕組みを活かすことも、すべてが同じ仕事だと言いたいわけではありません。

ただ、その根底には、

自然との関係を、具体的な場所から考える。

という共通する視点があります。

自然を見るということは、そこにあるものを見るだけではない。

その場所がどこから来て、どこにつながり、これからどう変わっていくのかを見ることでもあります。

そして、そのつながりの中で、

自分たちは何を受け取り、何に影響を与え、どこを変えていけるのか。

そこまで考えて初めて、自然との関係を具体的に捉えることができるのだと思います。


自然には、敷地境界がない

自然の中には、企業の敷地も、住宅の敷地も、開発区域もありません。

あるのは、水が流れ、植物が育ち、生きものが移動し、土がつくられ、時間とともに環境が変化していく関係です。

私たちは、その一部分を切り取って「敷地」と呼び、そこに建物や庭や公園をつくっています。

だからこそ、その境界の内側だけを見ていては、見えないものがあります。

一つの材料の向こうにある土地。

一つの事業の向こうにある地域。

一つの敷地の向こうにある水や生態系。

そして、その場所と場所をつないでいる自然の関係。

自然には、敷地境界がない。

だから、自然との関係を考えるときも、最初から境界の内側だけで完結させない。

どこにつながっているのかを見る。

その土地を知る。

必要であれば、実際にその場所に立つ。

そして、そこから自分たちが変えられることを考える。

サプライチェーンの改善も、敷地の環境改善も、その先では別々の話ではなくなっていくのかもしれません。

目の前の庭から、その石が生まれた山を見る。

一つの建物から、その材料が生まれた土地を見る。

企業の活動から、その活動を支えている自然を見る。

そうやって視線を少しずつ外側へ広げていく。

そして最後に、もう一度、目の前の土地を見る。

場所の向こう側まで見て、そこからもう一度、その場所を考える。

それが、私が山を歩き、庭をつくり、自然について考える中で、少しずつ身につけてきた見方なのだと思います。

自然との関係を考えることは、遠くの自然を守ることだけではありません。

私たちがどの土地とつながり、その土地から何を受け取り、どのような影響を与えているのかを知ること。

そして、自分たちが関われる場所から、実際に変えていくこと。

その積み重ねが、企業と自然との関係を変え、同時に、私たちが暮らす場所そのものを変えていくのではないでしょうか。

自然には、敷地境界がない。

だからこそ、これからのランドスケープも、企業と自然との関係も、境界の内側だけではなく、その場所の向こう側まで見ながら考えていきたい。


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