霧の阿蘇 ― 火山の地形を歩く
7月、阿蘇山を歩いた。
このとき阿蘇山は噴火警戒レベル2。火口周辺が規制されていたため、巻道を使いながら高岳へ向かった。7月16日時点でも、中岳第一火口から概ね1kmの範囲を対象とした火口周辺規制が続いていた。
高岳は標高1,592m、阿蘇五岳の最高峰。高岳火山は玄武岩・玄武岩質安山岩からなる成層火山で、頂上部には旧火口が残る。周辺には溶岩だけでなく、溶結火砕岩や成層した火砕岩が分布している。
この日は濃い霧だった。
阿蘇の大きな景観はほとんど見えない。
見えるのは、数十メートル先の岩と草、そして足元の地形だけ。
そのおかげで、普段なら一つの山肌として眺めてしまうものを、かなり近くから見ることになった。
岩の間に入り込む植生

大小の岩が重なった斜面に、草が入り込んでいる。
岩が大きく露出しているところでは植生が途切れ、その周囲の、細かな礫や土が溜まったところで草がまとまっている。
この写真では、植物そのものよりも、植物がどこに入れるのかが、そのまま地面に表れていることが面白い。
阿蘇山上では、火口周辺の火山荒原にコイワカンスゲやイタドリなどが生育し、火口から離れるにつれてミヤマキリシマ群落、草原へと植生が変化していく。
岩があり、岩が崩れ、細かなものが溜まり、そこに草が入る。
地表の状態が、そのまま緑の模様になっている。
霧の中の斜面

霧の向こうに斜面が消えていく。
見えているのは、山肌の一部分だけだ。
けれど、そこには細かな起伏がある。
緩やかに盛り上がるところ、その先で落ち込むところ、ところどころ顔を出す岩。
阿蘇は南北約25km、東西約18kmに及ぶ巨大なカルデラの中に、中央火口丘として阿蘇五岳が並ぶ。
その「巨大さ」は、この日は見えなかった。
見えなかったからこそ、斜面のわずかな膨らみや落ち込みに目が向いた。
岩盤の重なり

足元の岩は、単純な一枚岩ではない。
平たい面が現れ、その端が割れ、さらに小さな岩へと崩れている。
高岳周辺の地質は、溶岩だけではなく、溶結火砕岩や火砕岩から構成される。特に高岳から北へ延びる仙酔尾根には、整然と成層した粗粒火砕岩が分布している。
この一つ一つの岩石をここで断定することはできない。
ただ、目の前にある岩が均質な岩盤ではなく、層や割れ目を持ったものとして崩れていることは見て取れる。
濡れた岩は、模様を強く映し出し、細かな礫による時の流れが感じられる。
月見小屋

霧の中に、月見小屋が現れた。
高岳東峰にある避難小屋。黒い石積みの壁と切妻屋根、その背後には岩の斜面が続いている。
霧の中では、屋根の輪郭と石積みだけがはっきりと見え、その背後の岩はさらにぼんやりと消えていく。
小さな小屋のすぐ後ろに、火山の大きな地形が立ち上がっている。
人のつくった建物と、長い時間をかけてつくられた地形が、同じ一つの風景の中に収まっている。
地表から現れる山の骨格

霧の切れ間から、斜面が現れた。
緑に覆われた斜面のところどころから、茶褐色の地肌が露出している。
植生の間から岩や土が顔を出し、その境目に斜面の起伏が浮かび上がる。
遠くから見れば、一枚の緑の斜面に見えるだろう。
けれど近くで見ると、植生に覆われた部分と、露出した地表が細かく入り組んでいる。
緑の下にある地形が、ところどころ輪郭を現している。
岩の窪み

岩の間にできた小さな水溜まり。
黒灰色の岩が重なり、その窪みに水が残っている。
周囲の岩肌は乾いているのに、窪みだけが湿り、そこに水が留まっている。
わずかな高低差が、水の動きを変えている。
阿蘇の山上を歩いていると、こうした小さな窪みや割れ目がいたるところに現れる。
巨大な火口やカルデラとは対照的な、ほんの小さな地形の変化。
けれど、阿蘇の風景をつくっているのは、そうした細かな起伏の積み重ねでもある。
霧の中で見た阿蘇
阿蘇の全景は、最後まで霧の向こうだった。
その代わりに、岩の表面、重なった地層、岩の隙間に入り込む植物、斜面に残る地肌、そして窪みに溜まった水が、ひとつずつ目の前に現れた。
遠くから見れば一つの山に見える場所も、近づけば、岩の質や地形のわずかな違いによって表情が変わっている。
火山がつくった大きな地形と、その表面に残る細かな凹凸。
霧の中を歩いたことで、普段なら一つの景観として眺めるものを、その細部から見ることになった。
全体が見えなかったからこそ、阿蘇の地形そのものが近く感じられた。


