9月、三頭山の森を歩く
9月、三頭山を歩いた。
標高1,531m。東京都檜原村と奥多摩町の境に位置する三頭山には、東京では貴重なブナの天然林が残っている。
今回歩いたのは、檜原都民の森から三頭山を一周する周遊コース。三頭大滝から石山の路、深山の路、大沢山、ムシカリ峠を経て、見晴し小屋、鞘口峠へ戻る、4~5時間のコースだ。檜原都民の森|コース案内
長い時間、森の中を歩いていると、場所によって木の種類も、地面の状態も、光の入り方も変わっていく。
今回は、そうした変化の中で目に留まったものを、いくつか撮影した。
霧の中の道

霧の中に、濡れた山道が続いている。
落葉に覆われた地面から、ところどころ木の根が浮き上がっている。根の脇には細かな礫が入り込み、その上にまた落葉が重なる。
こういう場所では、普段は見えにくい地面の構造がよくわかる。
斜面の上から流れてきた水は、地面のわずかな窪みを通る。根の周囲には土が残り、歩かれる場所ではその土が締まり、根が露出する。
写真の中で面白いのは、道そのものよりも、その周囲にあるわずかな高低差だ。
同じように見える地面でも、少しずつ状態が違う。
水が通る場所と、落葉が留まる場所があり、根が地表に現れる場所がある。
霧で遠くが隠れていたことで、かえって足元の細かな違いがよく見えていた。
木々の間にあるもの

幹と枝が複雑に重なっている。
手前の木、その奥の木、さらに奥にある木。それぞれの輪郭が重なって、ひとつの森として見えている。
三頭山では、標高の低いところではイヌブナが多く、標高が上がるにつれてブナが多くなる。トチノキ、チドリノキ、カツラ、カラマツなども見られるという。
歩いていると、樹種そのものよりも、木と木の関係が気になってくる。
近いところでは幹と枝が重なり、少し開いたところでは樹冠の形が見える。
一本の木の形も、その木だけで決まっているわけではない。
周囲にどんな木があるのか。その木との間にどれくらい空間があるのか。
複雑に見える森の形も、一枚の写真の中にそれぞれの木の生育してきた環境が現れている。
岩のまわり

登山道の途中に、大きな岩が現れた。
岩の表面には苔が付き、その輪郭に沿うように木の根が伸びている。脇には落葉が溜まり、岩と根の間には土が入り込んでいる。
岩だけを見れば、ただの大きな石だ。
けれど、その周囲まで視線を広げると様子が違ってくる。
岩があることで根の伸び方が変わり、落葉の溜まり方も変わる。水の流れも、岩の手前と裏側では違ってくる。
その結果として、苔が残る場所が生まれ、土が溜まる場所ができる。
一つの岩の周囲に、少しずつ異なる状態ができている。
自然の中では、こうした小さな違いが積み重なって、場所ごとの表情をつくっている。
ホソバツルリンドウ

足元に、ホソバツルリンドウが咲いていた。
淡い紫色の花。
大きな木々の間では見落としてしまいそうな小ささだが、立ち止まって見ると、林床の中で花だけが静かに浮かび上がって見える。
三頭山のブナ林では、ミヤマハコベ、チゴユリ、コチャルメルソウなどの林床植物も確認されている。また、一般的なブナ林ではササ類が密生することが多いのに対し、三頭山ではササ類が少ないことも特徴とされている。東京都環境局|檜原・あきる野の動植物
大きなブナの幹に目を奪われていると、この高さの風景は見えてこない。
視線を落とすと、木の下には木の下の景色がある。
ホソバツルリンドウは、その小さな景色を知らせてくれるような存在だった。
ブナの森

標高が上がるにつれて、ブナが目立つようになる。
檜原都民の森では、ブナの天然林は標高1,100m付近から三頭山山頂にかけて見られ、特にムシカリ峠から西峰にかけて多いとされている。檜原都民の森|三頭山のブナ新緑が見頃
霧の中では、手前の太い幹から奥の細い幹までが幾重にも重なって見える。
ブナの灰白色の幹が立ち、その間に別の樹木が入り込む。
さらに奥へ行くほど霧に輪郭を消され、森がどこまでも続いているように見える。
ここで印象に残ったのは、一本のブナの大きさではなく、木々の間にある空間だった。
幹と幹の間。
樹冠と樹冠の間。
そこに霧と光が入り込むことで、森に奥行きが生まれている。
森は、木だけを並べてもこのようには見えない。
落葉の中のキノコ

最後に目に留まったのは、地面だった。
濡れた落葉が重なり、その間から小さなキノコがいくつも顔を出している。
落ちたばかりの葉もあれば、すでに褐色になり、崩れ始めている葉もある。
同じ地面の上に、時間の違う葉が重なっている。
その下では、少しずつ分解が進んでいる。
上を見ると木々は葉を広げている。
下を見ると、落ちた葉が土へ戻っている。
森の中では、成長しているものと、終わりへ向かっているものが同じ場所にある。
キノコが出ている地面を見ていると、樹木の姿だけでは見えない森の時間まで感じられる。
三頭山の森
4~5時間、三頭山を歩いた。
印象に残ったのは、特別な一本の木や、珍しい一輪の花だけではなかった。
霧に濡れた道。
イヌブナからブナへと移っていく森。
トチノキやチドリノキ、カツラなどが混じる斜面。
岩に沿って伸びる根。
林床のホソバツルリンドウ。
そして、落葉の中から現れる小さなキノコ。
遠くから見れば、どれも「森」という一つの景色に見える。
けれど、足を止めて一つずつ見ていくと、木の形にも、岩のまわりにも、林床にも、それぞれ違う時間が積み重なっている。
三頭山で見たのは、そうした細かな違いが重なってできた森だった。

