TNFDとは? 私たちと自然との関係を考える
― 自然や生物多様性を、もっと身近なところから考えてみる ―
「自然を大切にする」とは、どういうことでしょうか。
森を守ること。
生き物のすみかを守ること。
木を植えること。
緑を増やすこと。
どれも自然を考えるうえで大切なことです。
しかし、私たちの暮らしや仕事そのものが自然と深くつながっていることを考えると、もう一歩違った見方もできるのではないでしょうか。
私たちは、水や土、植物、森林など、さまざまな自然の恵みに支えられて暮らしています。
一方で、家を建てたり、道路をつくったり、土地を利用したり、資源を使ったりすることで、自然に影響を与える側でもあります。
自然は、私たちの暮らしの外側にあるものではありません。
私たち自身も、その自然の循環の中にいます。
こうした「自然と人や企業との関係」を改めて捉えようとしているのが、近年注目されているTNFDです。
TNFDとは
TNFDとは、Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)の略称です。
企業や金融機関などの組織が、自らの活動と自然との関係を把握し、自然への依存や影響、そこから生じるリスクや機会について整理し、情報開示につなげていくための国際的な枠組みです。
TNFDの推奨開示は、
- ガバナンス
- 戦略
- リスク・インパクト管理
- 指標と目標
という4つの柱から構成されています。TNFDの推奨事項は、自然関連の依存、影響、リスク、機会を把握し、経営や意思決定、情報開示につなげることを目的としています。
ただし、TNFDを単なる「企業が自然について報告するための仕組み」と捉えるのは、少しもったいないように思います。
その根底にあるのは、
「私たちは自然にどのように支えられているのか」
「自然にどのような影響を与えているのか」
「その関係を、これからどうしていくのか」
という問いだからです。
これは企業だけでなく、私たち一人ひとりの暮らしや、身近な庭、住宅、街の緑地について考えるときにも参考になる視点です。
私たちは自然に「依存」している
TNFDでは、自然との関係を考える際に、自然への**依存(dependencies)**という視点が重要になります。
例えば、私たちは水を使います。
その水は、雨として降り、森林や土壌に蓄えられ、川や地下水となり、私たちの生活へとつながっています。
食べ物も同じです。
植物が育つためには、土壌、水、太陽の光が必要です。さらに、昆虫や微生物など、多くの生き物が関わっています。
私たちが普段当たり前のように利用しているものの中には、自然の働きによって成り立っているものがたくさんあります。
つまり、私たちの暮らしは、知らないうちに自然に支えられています。
そして、自然に「影響」している
一方で、私たちは自然に影響を与えています。
住宅を建てるために土地を造成する。
庭をコンクリートで覆う。
樹木を伐採する。
あるいは、反対に樹木を植え、雨水を土に浸透させ、生き物が利用できる環境をつくる。
同じ「土地を使う」という行為でも、その方法によって自然との関係は大きく変わります。
だからこそ、自然との関係を考えるときには、
「何をつくるか」だけではなく、「その場所で何が起きているのか」
を見ることが大切なのだと思います。
自然との関係から生まれる「リスク」と「機会」
自然への依存や影響を考えることは、そのまま企業や社会にとってのリスクや機会を考えることにもつながります。
例えば、水資源への依存が大きい事業であれば、水不足や水質の変化が事業上のリスクになる可能性があります。
一方で、自然環境を再生したり、資源への依存を減らしたりすることによって、新しい事業やサービス、地域との関係、企業価値につながる可能性もあります。
TNFDでは、自然に関連するリスクだけでなく、自然との関係をより良くすることで生まれる**「機会」**にも目を向けています。
自然を「守らなければならないもの」としてだけ見るのではなく、
自然との関係をより良くすることが、私たちの暮らしや社会にどのような可能性をもたらすのか。
そこまで考えていくことが、TNFDの面白いところだと思います。
自然を「場所」から考える
TNFDを理解するうえで、私たちが特に興味深いと感じるのが、「どこにあるのか」という視点です。
自然は、どこにでも同じように存在しているわけではありません。
森の近くにある庭。
川の近くにある住宅。
農地に囲まれた集落。
都市の中にある小さな緑地。
同じように植物を植えたとしても、それぞれの場所によって、その意味は変わります。
どのような地形なのか。
どのような土壌なのか。
水はどこから来て、どこへ流れていくのか。
周囲にはどのような植物があるのか。
どのような生き物が暮らしているのか。
森林や河川、公園、農地などと、どのようにつながっているのか。
その場所を知ることから、自然との関係を考えることが始まります。
この「場所」という視点は、TNFDのLEAPアプローチにもつながっています。
山や沢を歩いて感じる「自然のつながり」
私自身、山を歩いたり、最近では沢を登ったりする中で、自然を少しずつ違った見方で捉えるようになりました。
地図上では、山や沢は線や等高線として表すことができます。
しかし、実際にその場所を歩いてみると、それだけでは分からないことがあります。
沢の水は、地形に沿って流れています。
岩があれば流れが変わり、土があれば水が浸み込み、倒木や落ち葉があれば、そこに新しい環境が生まれます。
尾根と谷では植生が違い、水が集まる場所には、それに適した植物が生えています。
山に降った雨は、土壌に浸透し、地表を流れ、沢となり、さらに下流へとつながっていきます。
実際に沢の中を歩いていると、水、地形、岩、土壌、植物、生き物が一つのシステムとしてつながっていることを身体で感じることができます。
自然を「どこかにある緑」として見るのではなく、一つの場所にある複数の要素の関係として見る。
その感覚は、土地や環境を考えるときにもつながっています。
例えば庭のアプローチを考えるときも、単に人工的な線を引くのではなく、地形や視線、人の動き、雨水の流れなどを読みながら、その場所に無理のない動線をつくることがあります。
庭の中を流れる水、土の状態、植物の配置、人が歩く動線。
一見すると別々の要素ですが、それらを一つの風景として考えることが、ランドスケープの面白さだと思っています。
自然の中で実際に身体を動かし、その場所の変化やつながりを感じることは、図面やデータだけでは得られない気づきを与えてくれます。
自然を知るためには、自然の中に身を置いてみることも大切なのだと思います。
TNFDの「LEAPアプローチ」
TNFDでは、自然関連の課題を把握・評価するための考え方として、LEAPアプローチが示されています。
LEAPは、
Locate → Evaluate → Assess → Prepare
の頭文字です。
Locate ― 自然との接点を見つける
まず、自分たちの活動がどこで自然と接しているのかを把握します。
Evaluate ― 依存と影響を評価する
その場所で、どのような自然に依存し、どのような影響を与えているのかを考えます。
Assess ― リスクと機会を評価する
そこから生じる自然関連のリスクや機会を評価します。
Prepare ― 対応を考える
その結果を踏まえて、どのような対応をしていくのかを考えます。
TNFDのLEAPは、組織が自然関連課題を特定・評価するための統合的なアプローチとして設計されており、Locate、Evaluate、Assess、Prepareの4段階で構成されています。
つまり、自然について考えるとき、
「どこにあるのか」
↓
「何に依存し、何に影響しているのか」
↓
「どんなリスクや機会があるのか」
↓
「では、どうするのか」
という順番で考えていくことができます。
庭は「小さな自然」ではなく、地域の一部
造園の仕事をしていると、どうしても「この庭をどう美しくするか」という視点から考え始めます。
もちろん、それは大切なことです。
木の姿をどう見せるか。
石をどこに置くか。
季節ごとにどのような景色をつくるか。
そこに住む人が、どのように庭を楽しむか。
しかし、それだけではありません。
その庭の土は、雨を受け止めています。
植物は、昆虫や鳥のすみかになります。
落ち葉は土に還り、微生物によって分解されます。
根の周りには、土壌の中の小さな生態系があります。
庭から流れ出る水は、その先の街や川へつながっています。
庭は、敷地の境界で完結しているわけではありません。
一つの庭も、地域の自然の一部です。
だから私たちは、庭を単に「緑を配置する場所」としてではなく、
土地そのものが持っている力を読み取り、そこにある自然の循環をできるだけ活かす場所
として考えたいと思っています。
土から考える
私たちが造園設計・施工で大切にしていることの一つに、土壌があります。
目に見える植物や石だけを整えても、土の中の環境が健全でなければ、植物は十分に力を発揮できません。
土の中には空気があり、水があり、無数の微生物がいます。
根が伸び、落ち葉などの有機物が分解され、また植物の成長を支える。
そうした循環があって、初めて「生きた風景」が生まれます。
目に見える緑だけではなく、その下にある土や水まで含めて土地を見る。
それは、自然との関係を考えるうえで、とても大切なことだと考えています。
自然は、きれいに「管理する」だけのものではない
自然を扱うとき、私たちはつい、
「きれいにする」
「整える」
「管理する」
という方向に考えがちです。
しかし、山を歩いていると、少し違った自然の姿を見ることがあります。
倒木があり、苔が生え、枝が折れ、落ち葉が積もる。
一見すると「荒れている」ように見える場所にも、そこには次の生命を生み出す循環があります。
倒れた木は、新しい生き物の住処になります。
土に還った葉は、次の植物を育てます。
開けた場所には光が入り、新しい植物が芽生えます。
自然は、常に完成された美しい状態にあるわけではありません。
変化し、壊れ、再生しながら続いていくものです。
そのことを理解することも、自然と調和した空間をつくるうえで大切なのだと思います。
「自然に配慮する」から、「自然とともに暮らす」へ
TNFDが企業活動と自然との関係を見直すきっかけになっているように、私たちの暮らしについても、自然との関係をもう一度考えてみることができます。
庭をつくる。
木を一本植える。
既存の樹木を残す。
雨水を土に戻す。
その土地に合った植物を選ぶ。
落ち葉をすぐに捨てず、土へ還していく。
こうした一つひとつの選択が、その場所の自然との関係を少しずつ変えていきます。
企業であっても、個人であっても、考える出発点はそれほど違わないのではないでしょうか。
「自分たちは、どんな自然の中で暮らしているのか。」
「その自然に、何を支えてもらっているのか。」
「そして、その場所に、どんな風景を残していきたいのか。」
そんな問いから始めてもよいのだと思います。
心地よさの、その先へ。
私たちが大切にしているのは、目の前にあるものだけを見るのではなく、その土地がどのような自然との関係の中にあるのかを考えることです。
地形、水、土壌、植物、生き物、そして人の営み。
それぞれを別々のものとして捉えるのではなく、互いに関係しながら成り立っている一つの環境として見る。
それは、庭を考えるときにも、土地や地域の環境を考えるときにも、企業活動と自然との関係を考えるときにも、共通する視点です。
TNFDでは、企業活動と自然との関係を把握するために、その活動が「どこで」自然と接しているのかを捉えることから始めます。
自然を遠くにあるものとして眺めるのではなく、私たち自身もその関係の中にいることを意識する。
そして、一つひとつの場所や活動が、自然とどのような関係を築いていくのかを考える。
その積み重ねが、これからの自然と人間との関係をつくっていくのだと思います。



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