造園家の山歩き ― 冬の御前山、そして焼かれた尾根で学んだこと
年間を通じて山に入ることを、私は設計の一部だと思っている。
フィールドに立ち、土を踏み、植生を観察し、水と風の動きを体で読む。その積み重ねがなければ、庭という小さな空間に「自然の理(ことわり)」を翻訳することはできない。今回歩いたのは、冬の御前山から大月方面へと続く尾根道。そして私は、思いがけず「火災後の山」と向き合うことになった。
借景の深度

山頂へと続く尾根道で、ふと足を止めると、冬の澄んだ空気の向こうに富士が座っていた。
造園において「借景」という手法がある。庭の外にある風景を、構図の一部として取り込む技法だ。だが自然界が作り出すそれは、スケールも深度も、私たちが庭の中で試みるものとは次元が異なる。手前の雑木が落葉し、その繊細な枝越しに遠景の山容が透けて見えるこの「抜け感」——これは冬という季節だけが許してくれる、贅沢な空間構成だ。
葉が茂る季節には見えない。骨格だけになった木々があってはじめて、奥行きが現れる。
枝先をよく見ると、厳しい寒さの中でも春を待つ芽が膨らみ始めている。この木々が地中の空気や水の流れを整え、急峻な地形を支えている。その営みの連続が、結果として私たちの目に映る美しい景色を形作っているのだと思うと、一枚の風景の背後にある時間の重さを改めて感じる。
垂直の境界線

御前山の切り立った山頂から眼下を覗くと、人々の営みが密集する大月の街並みが広がっていた。
圧倒的な「高低差」がもたらす緊張感と調和。山という巨大な自然の塊と、鉄道や建物といった人工的なグリッド。一見対極にある両者だが、この境界線こそが、私が庭づくりで常に意識している「暮らしの器」の原風景のように思えた。
造園家として街を見下ろすとき、私は単なる建物の配置ではなく、山から街へ、そして川へと流れていく「水と風の通り道」を追ってしまう。この険しい斜面が蓄えた水が、地下を通じて街を潤し、人々の暮らしを支えている。庭をひとつ作ることは、この巨大な循環の環(わ)の中に、小さくとも健やかな呼吸の場を付け加える作業なのだと、高度感のあるこの場所で改めて心に刻んだ。
地形を書き換える「手」

山襞(やまひだ)を縫うようにして現れたゴルフ場の風景。本来の植生とは異なる芝の緑が、山肌をパッチワークのように覆っている。
造園家としてこうした風景を見ると、その造成によってかつての水の道や空気の抜けがどのように組み替えられたのか、そして今この大地がどう呼吸しているのかに、自然と思考が巡る。大規模な地形の書き換えは、一見して不自然に映ることもある。だがそれもまた、人間が風景を維持しようとする意志の現れでもある。
私たちが庭で向き合うスケールとは桁違いだが、「環境を整え、風景として成立させる」という行為の重みと責任を、このパノラマは静かに問いかけてくる。稜線の先まで続く連なりを見つめながら、「その土地の風土に寄り添う」ことの真意を、あらためて反芻していた。
倒伏と再生の循環

道中、力尽き横たわる巨木と、炭化したような地表が広がる一角に出会った。
造園家として目を向けるのは、この「死」がもたらす次への布石だ。倒木は朽ちて土に還り、微生物の温床となって土中環境を豊かに耕していく。一見荒廃したように見えるこの場所も、実は大地が深く呼吸し、新たな生命を育むための「環境改善」の真っ只中にある。
計算された庭では避けられがちな、こうした朽ちゆく姿にこそ、自然の理が凝縮されている。倒木が作る地面の起伏が水の流れを変え、そこに溜まった養分から次の在来種が芽吹く。その「心地よい調和」へ向かう途方もない時間を思うとき、私たちが手掛ける風景づくりもまた、この壮大な循環の一部に過ぎないのだと教えられる。
地形の器に住まう

深い山襞に抱かれるようにして、小さな集落が身を寄せ合っている。
造園家としてこの風景を眺めると、ここが単なる居住地ではなく、地形と水脈が導き出した「必然の場所」であることがよくわかる。山の斜面を流れる水がどこに集まり、どこに安定した平地をもたらしたのか。先人たちはその「理」を読み解き、自然の懐を借りるようにして暮らしの場を仕立ててきた。
周囲の山々と集落を繋ぐのは、長い年月をかけて育まれた植生と、絶え間ない人の手入れだ。山を敬い、その循環を損なうことなく共生する姿。私たちが庭を「暮らしの器」として設計する際、立ち返るべき原風景がここにある。このスケールの大きな調和を、いかにして現代の生活空間へと翻訳していくか。その問いへの答えが、この静かな谷間の風景に刻まれている。
植相の境界線を読み解く

眼下に広がる、混交林のダイナミズム。
造園家としてこの谷を見下ろすと、日照や水脈、風の通り道が作り出した「植生の見えない境界線」が浮かび上がってくる。常緑の針葉樹が密度濃く重なる斜面と、冬の陽光を透過させる落葉広葉樹の明るい一画。これらは偶然の配置ではなく、地形という器に対し、植物たちが数十年・数百年の歳月をかけて最適化した結果だ。
庭づくりにおいて「木を植える」という行為は、この壮大な自然の秩序をいかに小さな空間に翻訳し、持続可能な循環を組み込めるかという挑戦に他ならない。稜線の際から谷底へと続くグラデーションを眺めながら、土地の記憶に深く根差した風景づくりの重要性を、あらためてその身に刻む。
尾根道の骨格

乾いた土が剥き出しになった尾根道。両脇には冬の陽光を反射する枯草と、直立する樹木の鋭い影が交差している。
造園家として足元の踏み跡を辿るとき、意識は地中の硬度や通気へと向かう。人の歩みが作るこの細い道は、周囲の土壌を適度に引き締め、同時に雨水の流れを導く境界線でもある。右手の地表に残る黒ずんだ痕跡は、かつての火災か、あるいは地表が更新されている証か——そのとき私はまだ気づいていなかった。
樹木が葉を落とし、地形の骨格が剥き出しになるこの季節は、山の構造を観察する絶好の機会だ。この荒涼とした静寂の中に、次なる芽吹きを支える緻密な準備が隠されている。その「静かなる動」を捉えながら、一歩ずつ先へ進んだ。
焼かれた根の空隙

地中に向かって開いたその穴を見たとき、息を呑んだ。
火災によって根が焼き尽くされた生々しい痕跡だ。炭化した切り株の周囲が陥没し、かつて生命を支えていた根のネットワークがそのまま空洞となって大地を穿っている。地表に散らばる炭の破片と、乾ききった土の質感。火という圧倒的な力が、一瞬にして土中の構造を破壊し、書き換えてしまった現実がそこにある。
この空洞は、もはや水を蓄えることも、土を繋ぎ止めることもできない。これからの風雨にさらされたとき、崩落を加速させるのか。あるいは新たな土砂が流れ込み、別の循環が始まるのか。荒廃した地表の裂け目を見つめながら、地形が激変する瞬間の、暴力的なまでの力強さを感じていた。
空を衝く炭化の跡

見上げれば、冬の突き抜けるような青空に向かって、黒く焼かれた樹木がその枝先を広げている。
火災の熱に晒され、樹皮を焦がしながらもなお、垂直に立ち続けるその骨格。造園において「木を立てる」際、私たちはその樹形や葉の茂りに美を見出す。だがここでは、葉を失い生と死の境界に立つ樹木の、剥き出しの構造そのものが天を指している。
生き延びた松の青い針葉と、焼かれた枝の黒いシルエット。その対比の中に、火という圧倒的な破壊を経てもなお揺るがない、この山の強固な意志を感じた。装飾を削ぎ落とした先に現れる、自然界の動かしがたい輪郭。この風景の厳しさを、そのまま庭の芯へと据える覚悟を問われている気がした。
剥き出しの根系と再生の起点

火災で焼かれ、支えを失って倒れた巨木。その根が土を大きく持ち上げ、地中の構造を白日の下に晒している。
造園の視点で見れば、これは単なる倒伏ではない。根が持ち上がったことで地表に新たな起伏が生まれ、これまで密閉されていた土中に空気が送り込まれる。焼けた幹や剥き出しの根は、やがて分解され、次の世代の苗床となる。
この過酷な破壊の跡こそが、山の植生を更新し、停滞した環境を動かす起点となる。倒れた樹木の影から、すでに小さな芽が顔を覗かせようとしていた。自然が自らを更新する、荒々しくも緻密な「環境改善」の現場がここにある。
炭化と分解の始まり

黒く焦げた樹皮の裂け目に、小さなキノコが姿を現していた。
火災によって生命を絶たれた樹木は、もはや自ら葉を茂らせることはない。だがその体躯はすでに「分解者」たちの舞台へと移り変わっている。造園の仕事において、木が枯れることは一つの終わりを意味する。だがこの山という大きな時間軸で見れば、それは土を豊かにするための還元プロセスの始まりに過ぎない。
焼かれた炭の層を食い破り、菌類が養分を分解し、やがて土へと還していく。この圧倒的な速度感と静かな侵食。火災という激変のあとに訪れるのは、絶望ではなく、こうした微細な生命による再編の動きだ。自然界が持つ、冷徹なまでの合理的システム。この小さな白い傘が、それを静かに象徴していた。
焦土からの再起

火災の爪痕が残る尾根道の傍らに、一本の松の幼木が真っ直ぐに立ち上がっていた。
周囲はまだ焼けた土と枯れ草に覆われている。だがこの小さな生命はすでに次の風景を担うべく、自らの根を土中に深く下ろしている。造園家としてこの姿に打たれるのは、これが単なる「美しさ」ではなく、破壊のあとに訪れる、冷徹なまでに正確な生命の更新作業だからだ。
かつての巨木たちが焼き尽くされたことで得られた日照と、灰がもたらすわずかな養分。それらを糧にして、一世代前の残影を乗り越えるようにして現れる若芽。この小さな立ち姿こそが、山の骨格を維持し、再び緑を繋いでいく真の主役である。焼け焦げた荒野の中に、確固たる生命の芯が一本通っていた。
破壊の記憶と警告

登山口に貼られた紙を読んで、すべてが繋がった。
「2月に発生した山火事は鎮火しましたが、登山にはご注意ください」——歩いてきた焦土の風景が、単なる自然のサイクルではなく、ごく最近に起きた「事件」であったことを、その一枚が静かに告げていた。道中で感じた土壌の乾燥、樹木の炭化、根の空洞。そのすべてが、この火災という暴力的な事象に直結していたのだ。
背後にあるクマへの警戒標識と重なり合い、山が本来持っている「荒々しさ」と「制御不能な側面」が改めて浮き彫りになる。私たちが庭という守られた空間で植物を扱う際、ともすれば忘れがちな「自然の猛威」。その記憶を刻んだこの看板は、山に入る者に対し、謙虚さと冷徹な観察眼をあらためて要求している。
土地の石を積む

民家の軒先に施された、素朴ながら力強い石積み。
造園家として目を引かれるのは、石の表情が周囲の山で見かけた露岩の質感と見事に合致している点だ。おそらく、この土地で産出した石をそのまま使い、積み上げたのだろう。大きさも形も不揃いな石を、その重心を見極めながら組み合わせる「野面積み(のづらづみ)」に近い手法は、加工された石にはない、大地との一体感を生む。
石の隙間にわずかに見える土や、その足元から顔を出す雑草。これらは、石積みが単なる境界壁ではなく、土中の水や空気を逃がす「呼吸する構造物」として機能している証拠だ。山で見た荒々しい岩肌が、里に下りて人の暮らしを支える基盤へと姿を変える。風土をそのまま持ち込んだようなこの石積みには、機能と風景を両立させる造園の本質が詰まっている。
遠ざかる山の稜線

車窓越しに、先ほどまで歩いていた山の稜線を振り返る。
手前に広がる集落の屋根と、冬枯れの枝。その向こうに、火災の傷跡を抱えながらも悠然と座す山々のシルエットが重なっている。造園家として山に入り、焦土の匂いや岩肌の厳しさを肌で感じたあとに眺めるこの風景は、単なる背景ではなく、膨大なエネルギーが循環する生きた構造体として映る。
電柱や電線、そして家々。人の営みは山の裾野にへばりつくように存在しているが、その背後にある圧倒的な「自然の理」が、今もなお地形を削り、植生を更新し続けている。あの過酷な尾根道で見た、火災跡から立ち上がる松の幼木の姿。その力強さを胸に、里の景色へと戻っていく。
山から持ち帰ったのは、「生命の更新」という視点だ。
破壊は終わりではなく、起点だ。倒れることで空気が入り、焼かれることで光が差し込み、朽ちることで次の命が芽吹く。庭をつくるとは、この壮大な循環の環の中に、小さくとも健やかな呼吸の場を付け加えることだ。
この視点は、これからの私の庭づくりにおいて、揺るぎない芯となるだろう。
中山諒二造園設計 代表 中山諒二

